東海道ルートガイド
第1弾歩行時の頃

{左}保土ヶ谷宿上方見附跡 一里塚(8)
外川神社が今井川の向こうに見えたあたりに説明板がある。保土ヶ谷宿の上方見附(京入口)と江戸から8番目の一里塚があった場所。現在護岸工事中。
{左・寄}外川神社(とがわじんじゃ) 瀬戸ヶ谷町194
平成16年施工の仙人橋を渡ると右の丘の上にある。明治2年三山講の中心人物だった清宮與一(与一)が羽黒山麓の外川仙人大権現の分霊を勧請したのが起こりで東海道有数の霊験あらたかな神社として旅人が皆ひざまずいて参拝した。戦前は子供の虫封じに利益ありと賑わい7月17日の例祭時は保土ヶ谷駅まで線香の匂い漂っていた。大きなけやきの木は横浜市の名木指定。子供好きの道祖神としても有名で民話としても語り継がれている。境内右に黒田長種理学博士揮毫の小寿鶏放翔感謝の碑がある。大正11年に上海から5羽輸入した小寿鶏が保土ヶ谷の県立鳥獣飼養所で飼育中逃げて野鳥として全国的に繁殖し狩の好対象となったことに対し雑誌「狩猟界」が昭和36年感謝の碑を建てた。
{左}出羽三山供養塔
岩崎ガードのところにある石碑群。中央の出羽三山供養塔は文化7年(1810)建立。「保土ヶ谷宿 文化庚午年 三月吉祥日再建」と刻まれている。外川神社の創建が三山講の中心人物であった清宮與一ということもありこのあたりの三山講が活発だったことがわかる。供養塔は以前は一里塚のすぐ横にあった。他の石碑群は年号不明の六号文字碑や道祖神の台座らしきもの、比較的新しく修復された道祖神などがある。
   →平成19年の今井川河川整備事業後は外川神社横の今井川沿いの道脇に移転。


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